「仕事=自己実現」の洗脳

        • 以下の内容は2/22日に書かれたものである(題目を分離したいため)。

 
「仕事=自己実現」の洗脳、という表題で読売新聞に特集が組まれていた。
この題目を見て就職活動中の私は「はっ」とした。
就職活動をしていて思うのは、
「お金をもらって自分のしたいことなどできるのか?」
という考えである。
基本的にアルバイトは、上から期待される仕事をして賃金をもらうものである。
だから、そこで自分の裁量で本当にやりたいようにやってしまうと解雇される可能性がある。
逆に、ボランティアというのは、賃金は支払われない代わりに別に自分のできる範囲でやりたいようにできる、だから比較的自由である。
よく、自分のやりたい仕事は何ですか?と訊かれるが、実際のところ本当にやりたいようにやられては実は会社としては困るのではないか?
だから会社は「やってもいいと思っている仕事は何ですか?」と訊くのが正しいのではないか?
むしろ、自分のやりたいことを仕事に求めようとするのは、不自然である。確かに適性から向いている仕事と向いていない仕事というのはあるだろうが、その理屈では、自分のやりたいことが仕事で見出せなければやめなければならなくなってしまう。
父は道楽者である。
仕事以外の時間はたいてい将棋に興じている。
むしろこちらが自然体といえなくないか?
そもそも仕事というのは人々の生活の必要性から派生するもので、例えば、家事は基本的には皆やらなければならないが、やりたいと思っていても、いなくてもやらなければならないのである。そもそもすべての人の「ジョブマッチング」など成立するわけもない。そういうふうに仕事が発生するはずもない。
結婚相手に少し気に食わないところがあるのと似ている。両親の夫婦喧嘩はしょっちゅうである。
愛し合っていなければ結婚できないのならば(もちろん愛し合っているに越したことはないが)、日本の家族は減少をたどる一方だろう。現に今減少して行っている。
 
要は、「しょうがないか」ということを認める寛容さが必要なのである。
最近の問題の一端は、「技術が進歩したから、何もかもがうまくいくはずだ」という幻想によるものではないか?だから、自分勝手に失望して、自殺したりするのではないか(自殺の理由は当然一つではないので断言しない)。
 
とにかく本当に「仕事で自己実現」したいのならば、本当に要求に合う会社を見つけ出すか、会社に自己実現を作ってもらおうなんて考えはさっさと捨てて、自分で起業するしかないはずである。ただ自己実現したいだけならば、仕事にそれを求めず、仕事は飯を食うためのものと割り切って、間の時間に自己実現すれば良かろう。
 
そもそも自己実現って何なのやら。